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歳をとるにつれて人付き合いがどんどん面倒になってきた

俺の思考

俺の20代はもうそろそろ終わろうとしている。

俺の家系は短命で、父方のじーさんには会ったことは無いし、親父は52歳で天国へいった。
もし俺も短命だとすると、すでに人生の半分以上を過ごしたことになる

短い人生好きなように生きなきゃ損だと思いつつも、人生の大部分を占める「仕事の面」では全く納得がいっていない

好きなことを仕事にするってとても難しい。
その第一歩さえも踏み出せていない。

そういった毎日の中で、ここ何年間で加速度的に強くなっている想いがある。
人と関わるの、めんどくせぇ・・・」である。

 

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積極的に人に絡んでいたのは高校生まで

高校時代

今では考えられないが、高校一年生の俺は怖いもの知らずでどんな人にも「ウェーイ!」と話しかけすぐ友達になるという驚異のコミュニケーション能力を持っていた。(それが優れた能力なのか疑問だが。)

2年生、3年生となるにつれて段々落ち着き、気が付けば控えめな人間になっていた。

大学時代

大学生になってからは完全に自分が出来上がっていて、本当に仲の良い友達を数名としか遊ばなかった。それ以外の友達数十名ともうまくやってはいたが、遠過ぎず近づき過ぎずだった。

家にこもることが多くなった」のはこの時期だ。

大学4年生になると、授業がいきなり減って一週間に1回家を出て講義に参加すればいいだけになる。

すると俺はゲームをしたり映画を見たりして家にこもり始めた

何もかもがめんどくさくなり、風呂に入るのも3日にいっぺん腹が減ったらコンビニのご飯を適当に胃に詰め込む。

布団にはカビが生え、座椅子で寝る毎日。

(⇒「【おすすめ座椅子選び方】座り心地良くて、つい寝てしまうような快適な座椅子を4つ選んでみた」)

 

こう書くと一見すさんだ毎日のように見えるが、俺は充実していた

部屋に引きこもってはいたが、まだ人との関わりを拒絶しておらず、たまに飲みに行ったり、友達も家に遊びに来ていた。(汚い部屋によく呼んだな。)

 

良い人と悪い人がいる

世の中には「良い人」と「悪い人」がいると俺は思っている。

「この人は世の中にとって、そして自分にとってプラスなのかマイナスなのか」を判断する場面が増えてくる。特に社会人になると。

(自分にとってプラスかどうかは「気が合うかどうかという要素が大いに影響するわけだが。」)

社会人生活

俺の最初の職場は学校だった。つまり社会人の始まりは教師。
先生方は「子どもに人生とは何ぞやを教える職業」に就いているだけあって、みんな「良い人」に見えた。

50人ほどいる教員の中に、1人どうしても俺と合わない人がいた。(50人全員と関わり合ったわけではないが。)
そいつは新卒で当時22歳だった俺の挨拶を、「完全に無視」するクソ先生であった

俺は無視されても頑張って毎日そのクソ先生に挨拶をした。しかし無視をされ続けた。

そのクソ先生は生徒のことを商売道具にしか思っていない様な発言ばかりしていた。

誰々が模試で何点取って、誰々が何点で、もうちょっと育てれば名門大学に行けて(俺の評価アップ、ガハハ)・・・。

 

私立の高校であったため、自分が教えた生徒が成果を出すことができれば自分の評価は上がり給料も上がる。
そいつはそのマネーゲームに夢中で、絡んでもメリットがない俺とは一切絡まなかった。

俺はそいつを「悪い人」と判断した。

 

自分の時間が大事

社会人になるころには、「旧友との関わり」は薄れつつあった。

本当に仲の良い親友たちとの交流は変わらずあったが、そこまでではない人たち(これを”旧友”と呼ぶことにする。)と飲む機会は大幅に減った。

旧友たちと酒を飲んだり、遊んだりするのも楽しいのだが、次第に時間がもったいなく感じてきてしまったのだ

その時間を「自分のためのスキルアップ」に充てたり、「1人でのんびり」したりしたかったのだ。
そう、このときやっと俺は1人が好きだという事に気づくのであった。

自分の好きな時に好きなことをして楽しむ。自分の時間が何よりも大事であった

 

行きつけの店

社会人になって旧友と会って遊ぶことは少なくなっていったが、その代わりに行きつけの店に通い始めた

もちろんそこには1人で行き、ご飯を食べたり酒を飲んだりした。
お店のマスターと話をしたり、ひとりぼーっとスマホを見たり。

5,6年通っていると常連のメンバーのグループに入ったりして、色々な人と関わる場面が多くなってきた。

俺はそれが嫌だった

社会人にもなると、お店に出現する人は様々な人がいる。
優しい保険屋、世話好きのデブ、魔法使いみたいなおばさん、チリチリパーマの偏屈おやじ。

良い人もいれば、癖の強いめんどくさい悪い人もいる。
今までに絡まれてめんどくさいことになったことは多々ある

そのお店に行くことは、人間関係だけ考えれば、「ハイリスクハイリターンのギャンブル」だと思っている。
(嫁ともそこで出会ったので、一応ハイリターンという事にしておく。)

嫌な大人に会うのは嫌だという意味でハイリスクと言っているわけだが、ただ嫌な大人が増えてきたと感じるのはもしかしたら俺が歳を取ってきたからかもしれない

(⇒「【偏った思考】大人になると嫌な人が増えてきた、のではなく自分の思考が凝り固まってきただけ」)

 

結婚してからさらに加速

嫁と出会って5年くらいで結婚したわけだが、結婚してからは行きつけの店に行くことさえも面倒に思いなかなか足を運んでいない。

仲良くさせてもらっていた店のマスターや常連は寂しく思ってくれたりもしたみたいだけど、俺からしたら初めて会う人がわんさかいる店内に数時間たむろするのはかなりリスクがある

極端な話、俺は「嫁と子どもがいれば満足」だし、面倒な付き合いをするくらいならば、人と関わりたくないと思っている。

歳をとってひとりぼっちだったらむなしい気持ちになるんだろうなとは予想できるものの、現時点ではやはり人と関わるのは無駄な事だ。

ただ本当に仲の良い心の通じている友達についてはたまに会いたいと思っている。

 

ツイッターも然り

ツイッターに登録してツイートをしたり誰かをフォローしたりフォローされてりしているうちに、人との関わりが生まれてくる。

それは深く入り込むと、また恐らく人間のめんどくさい部分を知ることになったり、人との関わりの面倒さを再認識することになるだろう。

今のところツイッター上で何人かの人との関わりを持っているが、気の合う人としゃべるのは楽しいし、時間が過ぎるのが早い。

そのうち面倒な人と出会うと俺はまた閉じこもってしまうのだろうが、そういうのを何度も繰り返して人生は出来上がっていく、・・・のか?(知らん)

俺は日々思考する。(⇒「【少しでも前に進むために】自問自答を繰り返して日々変化(成長)する」)

今日はこんな感じ。

そいじゃ!

コメント

  1. kenta より:

    こんにちは。初めまして。
    将棋の記事からここのブログを見つけました。
    考え方が似ていて、またとても見やすい&分かりやすい記事となっていて参考になることが多かったです。
    僕は現在大学4年で、都内に在住しており、今年から来年にかけて事業をする予定です。
    またそれとは別に、将棋も長年やっている為、それの情報コンテンツも発信したいなと思っております。
    テイラーさんは、何処にお住まいでしょうか?
    もし差支えなければ、いろいろとお話しさせて頂きたいなと思っているのですが、いかがでしょうか。
    よろしくお願いします。

    • wakahageOji より:

      kenta さん
      コメントありがとうございます。
      稚拙な私の文ですが、何か伝わったのなら嬉しいです。
      しかし私から学ぶことはおそらくないですよ。芯がブレブレの平凡な人間です。
      私は北海道に住んでいるので、会うのは厳しい気がします。
      大学4年生という事でしたら、10年後後悔しないように目標を立て、今やれることを着実に実行していきたいですね。少なくとも私が当時に戻ったなら。